パレスチナとイスラエル

  • パレスチナとイスラエルの歴史

  • 1. 古代ユダヤ教の成立(その1)
    1. 古代ユダヤ教の成立(その2)
    1. 古代ユダヤ教の成立(その3)
    2. ユダヤの歴史(その1)
    2. ユダヤの歴史(その2)
    3. アラブ人の来訪とパレスチナの動き(その1)
    3. アラブ人の来訪とパレスチナの動き(その2)
    3. アラブ人の来訪とパレスチナの動き(その3)
    4. シオニズム運動(その1)
    4. シオニズム運動(その2)
    5. 対立の激化(その1)
    5. 対立の激化(その2)
    5. 対立の激化(その3)
    5. 対立の激化(その4)
    5. 対立の激化(その5)
    6. 対立から和平へ(その1)
    6. 対立から和平へ(その2)
    6. 対立から和平へ(その3)

    木曜日, 10月 05, 2006

    3. アラブ人の来訪とパレスチナの動き(その1)

    <<2. ユダヤの歴史(その2)

    このパレスチナの地に、初めてアラブ人が現れたのは、632年のことである。アラブ人は先述の通り、ユダヤ人と同じセム族に属し、主として回教を信仰していた。

    アラブ人が来訪した当初は、ユダヤ人、キリスト教徒との共存共栄を目指したが、717年にオマル2世が権力を握ったときから、少しずつその関係が崩れていった。

    アラブ人とユダヤ人の間に対立が生まれたのは、たぶんこの頃からである。このときはまだ、単なる宗教の相違による対立でしかなかった。

    オマル2世は、すべての教徒にターバンの着用を義務づけ、ターバンの種類によって属している宗教を見分けようとした。たとえば、キリスト教は白色のターバン、イスラム教は青色・・・という形である。

    また、キリスト教の聖墳墓を破壊し、さらにはユダヤ教徒、キリスト教徒にイスラム教への改宗命令を発したのである(改宗命令は後に撤回された)。

    この時から、ユダヤ人はディンミ(非保護民)として生きることになり、また非イスラム教徒のために重い土地税がかけられ、せっかく戻りつつあったユダヤ人社会は、このような社会的、経済的差別によって急速に縮小していった。

    3. アラブ人の来訪とパレスチナの動き(その2)>>