パレスチナとイスラエル

  • パレスチナとイスラエルの歴史

  • 1. 古代ユダヤ教の成立(その1)
    1. 古代ユダヤ教の成立(その2)
    1. 古代ユダヤ教の成立(その3)
    2. ユダヤの歴史(その1)
    2. ユダヤの歴史(その2)
    3. アラブ人の来訪とパレスチナの動き(その1)
    3. アラブ人の来訪とパレスチナの動き(その2)
    3. アラブ人の来訪とパレスチナの動き(その3)
    4. シオニズム運動(その1)
    4. シオニズム運動(その2)
    5. 対立の激化(その1)
    5. 対立の激化(その2)
    5. 対立の激化(その3)
    5. 対立の激化(その4)
    5. 対立の激化(その5)
    6. 対立から和平へ(その1)
    6. 対立から和平へ(その2)
    6. 対立から和平へ(その3)

    木曜日, 10月 05, 2006

    3. アラブ人の来訪とパレスチナの動き(その2)

    <<3. アラブ人の来訪とパレスチナの動き(その1)

    時は流れ、十字軍の時代となった。十字軍とは、1096年から始まった7回に及ぶ遠征で、主な目的は聖地パレスチナ、殊にイエスの墓のあるエルサレムのイスラム教徒からの奪回であった。

    第一陣は、いわば狂信的暴徒集団であった。ライン川流域のユダヤ人を虐殺しつつ、聖地を目指したもののトルコ軍によって破滅した。

    本隊は、1099年に聖地へ到達し、エルサレムを占領、20,000?30,000人の住民を虐殺した。十字軍は聖地にエルサレム王国を建立し、十字軍が聖地を支配したために、その頃からヨーロッパのキリスト教徒の往来が盛んになった。

    これにより、聖地はアラブ人の手からキリスト教徒の支配へと変わったのである。

    200年以上も聖地を支配し続けた十字軍ではあったが、その十字軍も遂にはイスラム教徒を率いたマムルーク軍に破れ、キリスト教による聖地支配も終わりを告げた。

    3. アラブ人の来訪とパレスチナの動き(その3)>>